高木剛は、福岡県うきは市の山の窯場に薪窯と灯油窯を構え、足で蹴って回す蹴ろくろで器を作る陶芸家です[1][2]。韓国の李朝白磁に学んだ粉引の高台皿が代表作で、堅手・唐津・三島・焼締の器も作ります[1][3]。うきは市吉井町に、月に数日開くギャラリー「李椿」を持っています[2]。
公式の案内高木剛(Instagram)ほか3件
高木剛はどこで制作している陶芸家ですか?
福岡県うきは市の山の窯場「李椿窯」で制作しています[1][2]。煉瓦造りの薪窯と灯油窯が1基ずつあり、隣の工房に蹴ろくろを備えています[1]。
高木剛は1978年に鹿児島県で生まれました[3]。高校卒業後に上京し、陶芸の展示を中心とするギャラリーで働いたのち、山梨県の陶芸家に約3年弟子入りしました[1][2]。
その後、東京都内で制作を始め、2008年に京都市京北町へ移って薪窯での制作を始めました[1][3]。2019年に福岡県うきは市へ窯を移しています[3]。うきは市への転居より6年前から、山奥に大きな薪窯を作り始めていました[1]。
高木剛はどんな器を作っていますか?
粉引の高台皿が代表作で、堅手・粉引・唐津・三島・刷毛目・焼締の小鉢や飯碗、片口、ぐい呑みなどを作っています[1][3][6]。
2012年に研修で韓国の李朝白磁の産地を訪ねたことが転機となり、白い化粧土を掛ける粉引の技法で高台皿を作るようになりました[1]。本人は「揺らぎ、柔らかさ、繊細さを表現したい」と話しています[2]。
堅手は、李朝時代の堅そうな風合いの器を指す呼び名です[4]。zakka土の記憶の堅手3.5寸小鉢は半磁器で穴窯焼成、粉引飯碗は陶器で灯油窯焼成と、器によって素材も窯も変えています[4][5]。
薪窯と灯油窯の器はどう違いますか?
高木剛は薪窯と灯油窯の2種類で器を焼いています[1]。薪窯の器には薪の灰が降りかかった自然釉や炎の跡が出ます[6]。
大阪のモノスタイルは2026年6月の個展の準備で、灯油窯の器は現代の生活に合う優しい風合い、薪窯の器は自然釉や炎の跡が出ると紹介しています[6]。
同じ粉引や堅手でも、どちらの窯で焼いたかで表情が変わります。取扱店の商品説明には焼いた窯が書かれていることが多いので、選ぶときの目安になります[4][5]。
高木剛の器はどこで見られますか、買えますか?
うきは市吉井町のギャラリー「李椿(リチュン)」が月に数日開きます[2]。ほかに福岡のzakka土の記憶、札幌のAch so neなどが扱っています[3][7]。
李椿は白壁通り沿いの小さなガレージを改装したギャラリーで、営業は11時から17時、不定休です[2]。開く日は李椿のInstagramで告知されます[2]。
2026年には大阪のモノスタイルでの個展(6月)、札幌のAch so neの企画展「うつわの余白」(8月)、京都のessence kyotoの茶器展(8月)などに出品しました[6][8]。在庫は店ごとに違うため、次の展示の予定は本人のInstagramで確かめてください[8]。
Instagram高木剛の作品(Instagramより)
よくある質問
- 高木剛はどの窯で焼いていますか?
- うきは市の李椿窯で、薪窯と灯油窯の2種類を使っています[1]。
出典
- 1陶 | 高木 剛さんうきは市(うきはのはなし)・2026年10月7日確認
- 2李朝白磁に魅せられて 陶芸家・高木剛さんが繰り広げるうきはの「李椿窯」うきは観光みらいづくり公社(ukihalove.jp)・2026年10月7日確認
- 3高木剛の器|作家ものの器zakka土の記憶・2026年10月7日確認
- 4堅手3.5寸小鉢/高木剛zakka土の記憶・2026年10月7日確認
- 5粉引飯碗/高木剛zakka土の記憶・2026年10月7日確認
- 6高木剛展の告知投稿(2026年6月)モノスタイル(Instagram)・2026年10月7日確認
- 7高木剛 陶器 器 皿 茶器 通販Ach so ne(札幌)・2026年10月7日確認
- 8高木 剛 (@takagigo)高木剛(Instagram)・2026年10月7日確認
確認できていないこと
- 東京で制作を始めた場所は、うきは市の記事では台東区、zakka土の記憶では江東区と書かれている
- 2026年10月以降の個展予定は未確認
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