土と

萬古焼とは|特徴・器の種類・窯元

情報の確認日 2026年9月15日編集部

萬古焼は三重県四日市市と菰野町を中心に作られる焼き物で、1979年1月12日に「四日市萬古焼」として国の伝統的工芸品に指定されています[4]。土鍋・紫泥急須・食器は素材と製法が違うため、直火や電子レンジの可否は製品表示で確認します。土鍋の国内シェアは統計年を確認できず、数値を載せていません。

萬古焼の基本情報と、産地全体に広げてはいけない点(2026年9月15日に公的資料・組合・施設の公式ページで確認)
くらべる点特徴例外・注意根拠
産地四日市市と菰野町が中心。三重県は朝日町・川越町なども製造地に挙げている伝統工芸 青山スクエアの産地情報には桑名市・鈴鹿市・いなべ市・東員町も含まれる[1][4][5]
国の指定1979年1月12日に「四日市萬古焼」として伝統的工芸品に指定指定名は「四日市萬古焼」。店頭の「萬古焼」表示と範囲が同じかは製品ごとに未確認[4][5]
土鍋1959年にペタライトを配合した低熱膨張性の陶土が開発されたと説明されている直火・IH・電子レンジ・目止めの可否は製品ごとに異なる[2][11]
紫泥急須鉄分の多い赤土を還元焔で焼き締め、釉薬をかけずに焼く無釉で吸水性がある性質を、施釉の食器や土鍋にあてはめない[4][14]
食器明治末期に水谷寅次郎が半磁器の製造技術を開発したと説明されている耐熱食器・軽量食器など種類があり、電子レンジ等の可否は製品表示で判断[1][7][9]
土鍋の国内シェア組合・会館は約80%と説明している統計年の記載を確認できず、このページでは事実として扱わない[1][2]

このページで確認できること

  • 萬古焼の産地の範囲、名前の由来、年表でみる歴史
  • 土鍋・紫泥急須・食器で素材と製法がどう違い、何を確認すべきか
  • 公式情報で存在を確認した窯元・メーカー・施設10件と、四日市ばんこ焼陶器まつり2026の開催記録

萬古焼はどこの焼き物で、名前は何に由来する?

三重県四日市市と菰野町を中心とする産地の焼き物です。沼波弄山が作品に押した「萬古」「萬古不易」の印が名前の由来とされています[1][2]

萬古陶磁器卸商業協同組合は、四日市市と菰野町を中心に窯元が100社以上あると説明しています[1]。三重県のページは、製造地を四日市市、三重郡菰野町、朝日町、川越町ほかとしています[4]。伝統工芸 青山スクエアの産地情報には、桑名市、鈴鹿市、いなべ市、東員町も含まれています[5]

始まりは江戸時代の元文年間(1736〜1740年)で、桑名の商人だった沼波弄山が窯を築いたとされます[1]。三重県は、弄山が茶の趣味から現在の朝日町に窯を築き、茶器を焼いたのが始まりと説明しています[4]

ばんこの里会館によると、弄山は作品に「萬古」または「萬古不易」の印を押しました[2]。同館はこの印を「何時の世までも栄える優れたやきもの」という意味と説明しています[2]。国の伝統的工芸品としての名称は「四日市萬古焼」です[4][5]

土鍋・紫泥急須・食器では、萬古焼の特徴はどう違う?

土鍋は耐熱性を高めた陶土、紫泥急須は鉄分の多い土を無釉で焼き締める製法で作られ、食器には半磁器の系統もあります。使用条件は製品ごとに異なります[2][14][1]

土鍋について、ばんこの里会館は1959年にペタライトという鉱物を配合した低熱膨張性陶土が萬古業界で開発されたと説明しています[2]。卸商業協同組合の紹介ページには、耐熱性はリチウム鉱石の働きによるもので、この鉱石を陶土中に40〜50%含むという説明があります[1]

紫泥急須について、三重県は鉄分を多く含む地元の赤土粘土を使うと説明しています[4]。陶器の日公式サイトは、陶山製陶所の急須を還元焔で焼き締め、釉薬をかけずに焼成し、表面に吸水性があると紹介しています[14]。卸商業協同組合も、地元の粘土を使った還元焼成と記しています[1]

食器については、明治末期に水谷寅次郎が半磁器の製造技術を開発したと卸商業協同組合が説明しています[1]。ばんこの里会館は、この「半磁器式特殊硬質陶器」が「大正焼」と名付けられたと記しています[2]。工業協同組合の名簿には、和食器、軽量食器、耐熱食器、花器、植木鉢などを作る事業者が並んでいます[7]

このように、無釉急須の吸水性は急須の説明であり、ペタライト配合の耐熱性は土鍋の陶土の説明です[14][2]。どちらも萬古焼全体の性質として読み替えることはできません。同じ窯元の製品でも、使える熱源や手入れは製品表示と説明書で確認します。

萬古焼の製品分類ごとの素材・製法と、確認すべき使用条件(2026年9月15日確認)
分類代表的な製品素材・製法確認すべき使用条件共通化してはいけない点根拠
土鍋・ごはん鍋土鍋、ごはん土鍋、陶板ペタライトを配合した低熱膨張性陶土(1959年に開発と説明)ガス直火、IH(プレートの要否を含む)、電子レンジ、空焚き、目止めの要否「萬古焼の土鍋ならIHで使える」とは言えない。IH対応は製品として別に作られている[2][7][11][1]
紫泥急須急須、茶器鉄分の多い赤土を還元焔で焼き締め、釉薬をかけない洗剤の使用、茶こしの素材、乾かし方を作り手の案内で確認無釉で吸水性がある性質を、施釉の食器や土鍋にあてはめない[4][14]
食器・耐熱食器和食器、軽量食器、耐熱食器、おひつ明治末期に開発された半磁器の技術、耐熱陶器など製品により異なる電子レンジ、オーブン、食洗機の可否。弥生陶園の丸おひつは電子レンジ可と表示1つの製品の「電子レンジ可」を同じ産地の別製品にあてはめない[1][7][9]
花器・植木鉢・置物花器、植木鉢、干支・縁起物製品ごとに異なり、素材の詳細は未確認食器として使う想定の製品かどうか食器ではない用途の製品を、食器と同じ条件で扱わない[7]

萬古焼の歴史は、いつ始まりどう続いてきた?

元文年間に沼波弄山が開窯し、弄山の没後にいったん途絶えました。森有節らの再興と、1870年の山中忠左衛門による量産陶法の確立を経て現在につながります[1][2]

ばんこの里会館によると、弄山は1718年に桑名の豪商の沼波家に生まれ、1736〜1740年の間に朝日町に窯を開きました[2]。この時期の萬古焼を「古萬古」と呼び、弄山の没後は継承者がなく途絶えたとされます[2]

弄山の没後約半世紀たって、森有節・千秋の兄弟が萬古焼の復興を目指して窯を開きました[2]。この時期は「有節萬古」と呼ばれ、型萬古や新しい釉薬の技法が生まれたと同館は説明しています[2]

末永村の村役だった山中忠左衛門は、有節萬古を村に導入して人々を救おうと考えました[2]。1870年に量産できる陶法を確立し、これが四日市萬古焼の始まりとされます[2]。明治期には四日市港や鉄道の整備に伴って、国内向けと輸出が盛んになりました[2]

戦時中は、耐火煉瓦、金属の代わりの代用陶器、航空機用碍子、土管などへ生産を切り替えたと記録されています[2]。戦後は1948年の貿易再開を後押しに復興し、1959年にはペタライト配合の陶土が開発されました[2]

萬古焼の年表(ばんこの里会館・組合・三重県の説明による)
出来事根拠
1718年沼波弄山が桑名の沼波家に生まれる[2]
1736〜1740年(元文年間)弄山が現在の朝日町に窯を築く(古萬古)[1][2][4]
弄山の没後約半世紀森有節・千秋の兄弟が窯を開き、萬古焼を再興(有節萬古)[2]
1870年山中忠左衛門が量産できる陶法を確立(四日市萬古焼の始まり)[2]
明治末期水谷寅次郎が半磁器の製造技術を開発(大正焼)[1][2]
1959年ペタライトを配合した低熱膨張性陶土が開発される[2]
1979年1月12日「四日市萬古焼」が国の伝統的工芸品に指定される[4][5]

萬古焼の土鍋・急須・食器を選ぶときは何を確認する?

産地名ではなく、製品の表示や説明書で、使える熱源、目止めの要否、電子レンジや食洗機の可否を確認します。同じ萬古焼でも製品ごとに条件が異なります[9][11]

萬古焼の作り手は、土鍋、急須、食器、花器など扱う製品が事業者ごとに異なります[7]。選ぶときは「萬古焼かどうか」より、その製品の使用条件が書かれているかを先に見ると、使い始めてからの判断に迷いにくくなります。

製品を選ぶときの確認項目(このページで確認した表示例つき)
確認項目土鍋紫泥急須食器・耐熱食器根拠
使える熱源ガス直火かIHか。IH対応土鍋は製品として別に販売されている例がある加熱調理には使わない前提かを確認電子レンジ・オーブンの表示を確認[11]
表面の仕上げ釉薬の有無は製品説明で確認無釉の焼締めで表面に吸水性がある例製品説明で確認[14]
使い始めの処理目止めの要否と方法を製品の説明書で確認作り手の案内で確認製品の説明書で確認未確認(製品ごとに異なるため一律に書かない)
電子レンジ製品表示で確認未確認弥生陶園の丸おひつは電子レンジ可と表示[9]

土鍋を選ぶとき

卸商業協同組合は、IH対応製品の開発も進んでいると説明しています[1]。華月は公式サイトでIH対応の土鍋を販売していると記していますが、同じサイトで目止めや電子レンジの条件までは確認できませんでした[11]。熱源と目止めの判断は、購入する製品の説明書で行います。

紫泥急須を選ぶとき

伝統工芸 青山スクエアの産地情報では、赤褐色の色は1180〜1200℃の還元焼成で生まれ、使ううちに独特の艶が出ると説明されています[5]。無釉の焼締めか、内側に釉薬があるかで手入れが変わるため、茶こしの素材とあわせて作り手の説明を確認します[14]

萬古焼の窯元・メーカー・施設はどこで確認できる?

組合の名簿や施設の公式サイトで存在を確認した10件を載せました。製造者と販売・展示施設を分け、一般の訪問可否は公式に書かれている範囲だけを記しています[3][7]

掲載したのは、萬古陶磁器工業協同組合の作り手名簿に載る製造者と、公式サイトで所在地と製品を確認できた事業者・施設です[7]。住所は市町までにとどめました。窯元の多くは、公式サイトで一般の見学や直売の可否を確認できず「未確認」としています。訪問する前に各公式サイトか電話で確認してください。

作り手の技能については、四日市市が平成5年度(1993年度)から「四日市萬古焼伝統産業技術マイスター」の認定を行っています[18]。萬古焼産業で優れた技能や実力を持つ職人を認定し表彰する制度で、同市のページは令和3年度末現在の認定者を45名としています[18]

四日市市地場産業振興センター(じばさん)は、2026年9月1日から2027年12月28日まで休館すると告知しています[16]。館内の名品館は2026年3月15日まで営業と告知されていました[16]

萬古焼の窯元・メーカー・施設(2026年9月15日に公式サイト・組合名簿で確認。掲載順は種別別)
名称・場所見られる・買えるもの訪問のしかた公式
ばんこの里会館 四日市市展示・販売・体験施設 萬古焼の常設・企画展示、産直ショップ「うつわ亭」、陶芸体験訪問可:10時〜17時、月曜休館(祝日を除く)。陶芸体験は要予約[3]
四日市市地場産業振興センター(じばさん) 四日市市地場産業振興施設 萬古焼の体験講座・販売を実施2026年9月1日〜2027年12月28日は休館と告知[16]
醉月陶苑 四日市市製造(急須の窯元) 紫泥急須、茶器[7][8]陶芸教室・一日体験教室あり。ギャラリーの営業日は未確認[8]
陶山製陶所 四日市市製造(急須) 紫泥急須[7][14]未確認
藤総製陶所 四日市市製造 急須、和食器、軽量食器、耐熱食器[7][10]未確認(オンラインストアあり[10]
森三 四日市市製造・販売 急須、食器、植木鉢[12]ギャラリーショップで販売と記載。営業時間は未確認[12]
銀峯陶器 四日市市製造 耐熱食器(土鍋など)[6][7]未確認
華月 四日市市製造 土鍋、耐熱食器、陶板[7][11]未確認
弥生陶園 四日市市製造 土鍋、ごはん土鍋、耐熱食器、おひつ[7][9]未確認
山口陶器 菰野町製造 食器、耐熱食器[7]「かもしかビレッジ」で3月〜11月に月1回の開村日を設けると記載[13]

萬古焼の目止め・電子レンジ・直火対応はどう判断する?

産地で一律には決まらないため、製品と作り手の指定で判断します。三重県は耐熱性を大きな特徴としていますが、萬古焼には急須や花器も含まれます[4]

三重県のページは、萬古焼の大きな特徴を耐熱性とし、直火や空焚きに耐えると説明しています[4]。三重ブランドのページも土鍋の耐熱性を説明しています[6]。一方で、同じ三重県のページは主な製品に茶器、花器、酒器、室内置物、急須を挙げています[4]。産地の説明をそのまま手元の製品の使用可否として読むことはできません。

製品表示の例として、弥生陶園は丸おひつを電子レンジ可の耐熱陶器と表示しています[9]。華月はIH対応の土鍋を販売していると記していますが、同社サイトで目止めや電子レンジの条件は確認できませんでした[11]。紫泥急須は無釉で表面に吸水性があると紹介されています[14]

このページでは、目止めの要否を製品名つきで示す作り手の公式ページを確認できませんでした。土鍋の目止め、IH、電子レンジの判断方法は、手入れのページで製品別にまとめています。

萬古焼の陶器市はいつ開かれ、産地のどこを訪ねられる?

四日市ばんこ焼陶器まつりは、2026年は5月16日・17日に四日市ドームで開かれました[15]。2027年の日程は、確認日時点で見つけていません。

第65回四日市ばんこ焼陶器まつりは、2026年5月16日(8時30分〜17時)と17日(8時30分〜16時)に四日市ドームで開かれました[15]。主催は萬古陶磁器卸商業協同組合で、毎年2万人が訪れると案内されています[15]。ばんこの里会館も年間行事に5月の開催を載せています[17]

陶器市以外の時期に展示と購入を一か所で確かめられるのは、ばんこの里会館です[3]。同館には常設展示と季節ごとの企画展、2階の産直ショップ、要予約の陶芸体験があります[3]。窯元を訪ねる場合は、見学や直売の可否が公式に書かれていない先が多いため、事前に問い合わせてください。

よくある質問

「万古焼」と「萬古焼」は別の焼き物ですか?
別の焼き物ではありません。三重県や組合の資料、伝統的工芸品の名称は「萬古焼」「四日市萬古焼」と表記しています[1][4]。四日市市には「万古町」という地名表記もあります[7][12]
萬古焼は陶器ですか、磁器ですか?
製品によって異なります。三重県は半磁器に分類と説明し[4]、組合は明治末期に半磁器の技術が開発されたと記しています[1]。一方、紫泥急須は赤土を無釉で焼き締め[14]、土鍋はペタライト配合の陶土で作られると説明されています[2]
萬古焼の土鍋なら、どれでもIHや電子レンジで使えますか?
産地名だけでは判断できません。IH対応土鍋は製品として別に販売されている例があり[11]、電子レンジ可の表示も製品ごとに付いています[9]。手元の製品の説明書で確認してください。
萬古焼の土鍋は国内シェア何%ですか?
組合と会館は約80%と説明していますが[1][2]、統計の年と出典を確認できませんでした。そのため、このページでは現在のシェアとして扱っていません。

出典

  1. 1
    四日市萬古焼の紹介萬古陶磁器卸商業協同組合・2026年9月15日確認
  2. 2
    萬古焼についてばんこの里会館・2026年9月15日確認
  3. 3
    ばんこの里会館ばんこの里会館・2026年9月15日確認
  4. 4
  5. 5
    Yokkaichi Banko Ware伝統工芸 青山スクエア(伝統的工芸品産業振興協会)・2026年9月15日確認
  6. 6
    四日市萬古焼|認定品三重ブランド・2026年9月15日確認
  7. 7
    BANKO LIFE 作り手たち萬古陶磁器工業協同組合・2026年9月15日確認
  8. 8
    醉月陶苑醉月陶苑・2026年9月15日確認
  9. 9
    四日市萬古焼窯元 有限会社弥生陶園弥生陶園・2026年9月15日確認
  10. 10
    萬古焼 急須|藤総製陶所藤総製陶所・2026年9月15日確認
  11. 11
    株式会社華月華月・2026年9月15日確認
  12. 12
  13. 13
    有限会社 山口陶器山口陶器・2026年9月15日確認
  14. 14
    萬古焼 急須を作る窯元を取材陶器の日事業4団体協議会・2026年9月15日確認
  15. 15
    第65回 四日市ばんこ焼陶器まつり in 四日市ドーム観光三重(三重県観光連盟)・2026年9月15日確認
  16. 16
    四日市市地場産業振興センター(じばさん)四日市市地場産業振興センター・2026年9月15日確認
  17. 17
    年間行事予定ばんこの里会館・2026年9月15日確認
  18. 18
    四日市萬古焼伝統産業技術マイスター認定事業について四日市市 商工農水部 工業振興課・2026年9月15日確認

確認できていないこと

  • 土鍋の国内シェア「約80%」は組合・会館が説明しているが、統計年と元の統計を確認できなかった。「急須生産量全国3位」も同様。
  • 銀峯陶器など各社の土鍋について、シリーズ別の目止めの要否を示す公式ページを開けなかった(FAQページは本文を取得できず、製品ページは開けません)。通販・メディア記事の記載は根拠にしていない。
  • 紫泥急須の洗剤使用・乾燥方法など、作り手公式の手入れ案内を確認できなかった。
  • 窯元の多くで一般の見学・直売の可否、営業時間を確認できなかった。
  • 四日市ばんこ焼陶器まつり2027年の日程は確認日時点で見つけていない。
  • 菰野町の窯元グループの公式サイト(komonobanko.com)は接続できず、菰野の窯元情報は山口陶器のみ掲載。

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