出石焼とは|特徴・器の種類・窯元
情報の確認日 2026年9月15日編集部
出石焼は兵庫県豊岡市の出石で作られる白磁で、地元の白い陶石を主な原料とします[1]。1980年3月3日に国の伝統的工芸品に指定されました[1]。兵庫県立歴史博物館は、天明4年(1784年)に陶器として始まり、寛政5年(1793年)に磁器の試作に成功したと説明しています[4]。
| くらべる点 | 特徴 | 例外・製品による違い | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 国の指定 | 1980年(昭和55年)3月3日に伝統的工芸品に指定。産地は豊岡市 | 産地組合は出石焼陶友会 | [1][8] |
| 焼き物の種類 | 白磁。青山スクエアは「純白」を誇る白磁の産地と説明 | 絵付けを施す製品もある | [1] |
| 原料 | 地元の白い陶石。豊岡市観光公式サイトは柿谷陶石と説明 | 陶石の採掘の現状は未確認 | [1][3] |
| 技法 | 彫り、透かし彫り、貼り付けの模様付けと絵付け | 窯元ごとに製品と技法は異なる | [1] |
| 始まり | 天明4年(1784年)に伊豆屋弥左衛門が陶器の生産を始めた | 兵庫県は垂仁天皇の時代の天日槍命の伝承も紹介している | [4][2] |
| 磁器への移行 | 寛政元年(1789年)に柿谷で白色の原石が発見され、寛政5年(1793年)に磁器の試作に成功 | 招いた陶工の出身の書き方が資料で異なる(有田町/平戸領) | [2][4][1] |
| 明治期の評価 | 豊岡市は明治37年(1904年)のセントルイス万国博覧会で金賞を受けたと説明 | 兵庫県のページでは年の表記が異なる | [8][2] |
このページで確認できること
- 出石焼の始まりと、陶器から白磁へ移った経緯
- 白い陶石(柿谷陶石)と、彫り・透かし彫りの技法
- 観光協会が紹介する窯元と絵付け体験の予約条件
出石焼はどこの、どんな焼き物?
兵庫県豊岡市の出石で作られる白磁です[1]。地元の白い陶石を主な原料とし、彫りや透かし彫りで模様を付ける技法が使われます[1]。
伝統工芸 青山スクエアは、出石焼を磁器産地の中で唯一「純白」を誇る白磁の産地と紹介しています[1]。産地は豊岡市で、1980年(昭和55年)3月3日に伝統的工芸品に指定されました[1]。
豊岡市は、出石焼の産地組合を出石焼陶友会(但馬國出石観光協会)としています[8]。兵庫県は、昭和55年3月に通商産業大臣から伝統的工芸品に指定されたと説明しています[2]。
豊岡市観光公式サイトは、出石焼の原材料を柿谷陶石という白い石と紹介しています[3]。青山スクエアも、地元の白い陶石を主原料としています[1]。
出石焼はいつ始まり、どうして白磁になった?
兵庫県立歴史博物館は、天明4年(1784年)に陶器として始まり、平戸領の職人の二度目の来訪時、寛政5年(1793年)に磁器の試作に成功したと説明しています[4]。
兵庫県立歴史博物館によると、天明4年(1784年)、出石の商人の伊豆屋弥左衛門が陶器の生産を始めました[4]。丹波から久八という職人を雇い、出石城下町の約1.5キロメートル西の桜尾に窯を築いたとされます[4]。
同館は、肥前国平戸領の磁器職人である兵左右衛門が寛政元年と寛政5年に出石を訪れ、寛政5年(1793年)の二度目の来訪時に磁器の試作に成功したと説明しています[4]。兵庫県は、寛政元年(1789年)に二八屋珍左衛門が出石町谷山の柿谷で白色原石を発見したことを、現在の出石焼の基礎としています[2]。
青山スクエアは、江戸時代中期に白磁の原石が見つかり、藩主の援助で今の佐賀県有田町の陶工を招いたと説明しています[1]。招いた陶工の出身は資料によって書き方が異なり、このページでは判断を保留しています。兵庫県は、垂仁天皇の時代に天日槍命が陶士を連れて出石に来たという伝承も紹介しています[2]。
| 年 | 出来事 | 根拠 |
|---|---|---|
| 伝承 | 垂仁天皇の時代に天日槍命が陶士を従えて但馬出石に来て、食器類を焼いたと伝えられる | [2] |
| 1784年(天明4年) | 出石の商人・伊豆屋弥左衛門が陶器の生産を始め、桜尾に窯を築く | [4] |
| 1789年(寛政元年) | 二八屋珍左衛門が柿谷で白色原石を発見(兵庫県)。平戸領の磁器職人・兵左右衛門が1回目の来訪(歴史博物館) | [2][4] |
| 1793年(寛政5年) | 兵左右衛門の二度目の来訪時に磁器の試作に成功 | [4] |
| 1876〜1885年(明治9〜18年) | 出石町内町に盈進社窯。指導は柴田善平 | [7] |
| 1904年(明治37年) | セントルイス万国博覧会で金賞(豊岡市の説明。兵庫県のページは年の表記が異なる) | [8][2] |
| 1980年(昭和55年)3月3日 | 国の伝統的工芸品に指定 | [1] |
出石焼の窯元・体験施設はどこにある?
但馬國出石観光協会は、上田陶磁器店・虹洋陶苑・永澤兄弟製陶所・山本製陶所を窯元として紹介しています[5]。絵付け体験は虹洋陶苑といずし堂本店が要予約です[6]。
但馬國出石観光協会の窯元紹介には、豊岡市出石町の上田陶磁器店、虹洋陶苑、永澤兄弟製陶所、山本製陶所が載っています[5]。虹洋陶苑は白にこだわった作品や動物などの型物を作り、絵付け体験ができる窯元と紹介されています[5]。
同協会の絵付け体験のページには、永澤兄弟製陶所、虹洋陶苑、いずし堂本店が載っています[6]。虹洋陶苑といずし堂本店は要予約と書かれています[6]。料金と営業日は、今回の資料では確認できていません。
同協会は、明治以降の窯元の名称・所在地・操業期間の変遷を一覧にしています[7]。表には、現在の窯元として紹介されているものだけを載せ、住所は市までにとどめました。
| 名称・場所 | 見られる・買えるもの | 訪問のしかた | 公式 |
|---|---|---|---|
| 虹洋陶苑 豊岡市 | 窯元 白にこだわった作品、動物などの型物[5] | 絵付け体験は要予約[6]。営業日は未確認 | kouyoutouen.com |
| 永澤兄弟製陶所 豊岡市 | 窯元 伝統を守りつつ新しい意匠の製品[5] | 絵付け体験あり[5][6]。予約要否・営業日は未確認 | 未確認 |
| 上田陶磁器店 豊岡市 | 窯元 古出石や明治期の作品を扱う、アクセサリー[5] | 販売あり[5]。営業日は未確認 | 未確認 |
| 山本製陶所 豊岡市 | 窯元 陶器の街灯オブジェ、器[5] | 販売あり[5]。営業日は未確認 | 未確認 |
| いずし堂本店 豊岡市 | 絵付け体験の施設 出石焼の絵付け体験[6] | 要予約[6]。営業日は未確認 | 未確認 |
出石焼の白磁の器の手入れは、何を確認する?
電子レンジ・食洗機の可否や手入れの方法を産地全体として定めた資料は、今回確認していません。製品の表示と窯元の案内を確認します。
出石焼には、彫りや透かし彫り、貼り付けで模様を付けた製品や、絵付けをした製品があります[1]。白磁であることだけでは、個々の製品の扱い方は決まりません。透かしの有無や絵付けの種類で、洗い方や加熱の注意が変わりえます。
手元の器は、付属の表示や販売店・窯元の案内を先に確認します。白磁と青磁の違い、電子レンジを使えるかの確認手順は、それぞれのページで説明しています。
よくある質問
出典
- 1出石焼伝統工芸 青山スクエア(伝統的工芸品産業振興協会)・2026年9月15日確認
- 2出石焼兵庫県・2026年9月15日確認
- 3“究極の白”【出石焼】にふれてみよう豊岡市観光公式サイト・2026年9月15日確認
- 4第56回:但馬・出石焼のはじまりの頃兵庫県立歴史博物館・2026年9月15日確認
- 5窯元紹介 – 出石焼但馬國出石観光協会・2026年9月15日確認
- 6出石焼絵付け体験但馬國出石観光協会・2026年9月15日確認
- 7窯元の変遷 – 出石焼但馬國出石観光協会・2026年9月15日確認
- 8伝統的工芸品産業の概要豊岡市・2026年9月15日確認
確認できていないこと
- セントルイス万国博覧会の金賞の年が、豊岡市(明治37年=1904年)と兵庫県のページ(取得結果では明治35年)で異なる。
- 柿谷陶石の採掘の現状、現在の窯元数は未確認。
- 各窯元の営業日・体験料金・公式サイト(虹洋陶苑以外)は未確認。
- 窯元ごとの電子レンジ・食洗機の可否は確認していない。
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